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LORELEI

今回のネタは、ついに劇場公開された東宝映画「ローレライ」です。
公開初日にさっそく見に行ったんですが、映画の楽しみをそいでしまわないようにあえて予備知識を蓄えずにいたので、
結果的にこの映画に対して多少勘違いをしたままの鑑賞とあいなりました。
これって潜水艦ものの戦争映画なんだろうな、と思ってたんですが、
フタを開けてみたら、まごうことなき「東宝特撮映画」でありました。(そんなこと言っていいのか?)
しかも1960年代以降絶えて久しい、怪獣モノでもなくパニックものでもない、大人向けの特撮映画です。(断言していいのか?)
さすがに役所広司が「伊507は唯今より、米帝国撃滅のため、出撃します!」とか言ったりするノリではありませんが。(当たり前です)
パンフの監督のインタビューにも”かの戦争”についてのコメントはほとんどありませんでしたから、
多分そのつもりで製作したものと思います。
というか、この映画はそのつもりで見た方がきっと幸せです。
ネタバレを含むこの映画の私の感想は、ページの一番下にあります。

フィギュアはタカラ・世界の艦船スペシャル「ローレライ」を使用しました。
細部ディティールがちょっと甘めでカドがカッチリせず丸くなってたりするんですが、
1/144の戦車などと違ってフィギュア自体が大きめなため、全体的にはシャープな仕上がりの印象があります。

米海軍
ガトー級潜水艦アルバコア(SS218)
 同・ジュゴン(SS353)

奥のアルバコアの対空レーダーですが、
組み立て中に飛ばしてロストしてしまったため、
該当箇所には余剰パーツを刺しています。
実際はまったくの同型艦で、
艦橋のペイントが違うだけです。




海水の透明度がこんなにあるわけないし、100mも潜れば太陽の光も届かないわけですが、それをリアルにやろうとすると
ただ真っ暗闇なだけのデジラマになってしまうので、ここは嘘っコで。
というわけで、当然こういう背景の素材もこの世に存在しません。
海底に見えるのはどこかの地上の谷間、上に見える海面は海上から撮影した水面を逆さに合成したものです。
そしてそれを色補正などいろいろ(7〜8枚レイヤーを使って結構複雑に)やって、この海底の風景を作りました。


米海軍 フレッチャー級駆逐艦
シンプソン

普段まったくプラモを作らない人なので、
機銃など細かいパーツが組み立て式であるこの駆逐艦、
ビビって取り掛かるまで時間がかかりました。
ビッグワンガムの大和程度の、
全然たいしたことないパーツ数なんですけどね。



たった1隻の伊507に襲いかかる、米海軍フレッチャー級駆逐艦の群れ。
これは先陣で、このあとさらに数十隻続くものと思ってくだされ。

凪の水面に、駆逐艦とその航跡を合成しました。

旧帝國海軍 小型潜航艇「海龍」

実在した兵器です。
シンプルで機能的な美しいデザインだと思います。
設計当初は先端部に燃料を入れるはずでしたが、
量産されるにあたってそこに炸薬を詰めて
特攻兵器として使用されることになりました。
スマートな外見と裏腹にあまり速度のでない
潜航艇だったため、商船や輸送船に対しての特攻を
予定されていました。
が、乗員の訓練中に終戦を迎えたため、
出撃はありませんでした。




お台場の「船の科学館」内に展示されている海龍、の図。
世界の艦船の付属小冊子には全長17.3m・全幅1.3mとあるので、
左右に突き出た水中翼の端から端までが1.3mだと思って合成したんですが、
検索して出てきた写真に写った人との対比を見ると、どうも円柱状の胴体の直径が1.3m、といったところのようです。
ダマサレタ。
1/2の復元模型が展示してあるものと思ってください。

旧帝國海軍 N式潜航艇

これは架空の小型潜航艇。
ローレライシステムの中核というか、
ネタバレなのでコメントできないしろもの。



お台場の船の科学館前に展示されているN式潜航艇、の図。
以前二式が置かれていたところで、ゆりかもめの窓からも見えます。うそです。


旧帝國海軍 潜水艦 伊507

「ローレライ」の主役メカである、架空の潜水艦。
フランス海軍潜水艦シュルクーフをドイツ軍が
鹵獲して改装、ドイツ敗戦と共に日本に提供された、
という設定です。

艦橋の前にあるのは203mm連装砲。
水密式で、浮上後に砲撃できるという、
嘘みたいだけどこれは本当にあった兵装です。





気合い入れて作ったよ〜。
細長い船体をこのアングルでただマクロ撮影しただけだと、たとえ絞りを絞りきってもパンフォーカスでは撮れません。
なので、部分ごとにフォーカスをあわせて7〜8枚に分割して撮影後、
そのフォーカスのあっている部分を繋ぎ合わせて1枚の画像を作り、それを背景に合成しています。
フィギュアの船首部分は見えている部分で高さ8mmしかなく、さすがにこれだけのアップに耐えられる仕上がりではないので、
ディティールなど細かく修正・レタッチして、そこそこに見えるようにしてあります。
全長153mmしかないフィギュアですので、それくらいしないとのスケール感が出ませんし。
同様の理由で、艦橋のアンテナ類も細くレタッチしました。





フランス海軍 潜水艦シュルクーフ

伊507の元になった、というかモデルになった、
実在の潜水艦です。
「世界の艦船スペシャル ローレライ」の
シークレットアイテムで、造形から塗装、ギミックまで、他のに比べてこれだけやけにできがいいです。




艦橋前にある203mm連装砲はこのように旋回、
後部の戦火意識魚雷発射管も回転します。
このシリーズのメインである伊507では、これらのギミックは
オミットされており、動かすことが出来ません。なんで〜。



海に漂うシュルクーフ。
デジラマの背景は南の海の実景なんですが、なぜか、東宝のスタジオにある大プールで撮影したような、
特撮チックな絵になってしまった気がします。


羊蹄丸や宗谷と共に、船の科学館わきの桟橋に係留保存されている伊507、の図。
N式潜航艇ははずされ、前庭に置かれています。


最後に、ネタバレで映画「ローレライ」についてちょっと。すでに映画を見た人だけマウスでめくってください。
主観による若干の決めつけがあったりしますが、それも含めて私の一意見、ということで。

なんか、いまいち盛り上がりにかける映画でした。確かに伊507はとにかく危機また危機の連続なんですが、
「でも結局原爆投下は阻止するんでしょ?阻止するんだから危機も無事切り抜けるでしょ?」
という予定調和の結末が前提となって常に頭の中にあり、見ていて全然ハラハラしないわけです。
B29離陸を阻止したあとで駆逐艦の包囲網を突破するところが映画のクライマックスであれば、
伊507は逃げ切れるかしらと感情移入してハラハラできたんでしょうけどねぇ。そんな不満がひとつ。

それと、こういった戦闘行為を描く映画においてそのカタルシスはどこにあるかというと、
これはやはり”自己犠牲的行為”による感動と、”敵を倒し勝利”したあとの達成感ではないでしょうか。
ところがこの映画では主人公である艦長によって特攻が否定されています。
なので、パウラの自己犠牲が前提のローレライシステムや、
副長や清永の自己犠牲的行為によって伊507が危機を脱しても、なんか気になるわけです。
「艦長、特攻はダメでもこれはいいのかなぁ、状況が許せばOK!なのかなぁ」て。
特攻がどうこうというテーマを話の中にもってこなければ、たぶん素直に感動できたシーンなんでしょうけど……
現実世界においては、特攻兵器は非人道的兵器であるという主張はもっともなことだと思うのですが、
それをそのまま物語世界にもってくるというのはどうなのか、
自己犠牲を積極的に否定してしまうと、戦争を舞台にした映画は成り立たないのではないか、と思うのです。

また、”敵に勝利”する達成感は、どんな敵をやっつけたか、どれだけ敵をやっつけたか、によると思うのですが、
まず敵(米軍)については、敵キャラとしての魅力も何もなく、
ただ駆逐艦のブリッジの様子が映されているだけ、という感じで、「眼下の敵」をパクれとはいいませんが、
これももうちょっと何とかならんかな、と思ったのでした。
ローレライによって攻撃を受けている艦内のリアクションを描くことで、その威力(効果)を相対的に描けるのに、
それをしなかった意図もわかりません。
どれだけ敵をやっつけたかについても、これもご存知のとおりスクリューを破損させただけでおしまいで、
いかにも中途半端で不完全燃焼でした。
物語の中ではパウラを守るために(ローレライ連続使用のため?)魚雷の信管を抜くわけですが、
そうせざるをえない状況を設定している時点で、それで戦争をテーマにした映画が成り立つのか?と、疑問に思うのです。

ようするにこの映画、物語のベクトルと、描こうとしているテーマのベクトルが、なんかずれてるんですわねぇ。
戦争の悲惨さや特攻の非人道さを描きたいのであれば、
架空の新型兵器を積んだ架空の潜水艦が、実在しなかった第三の原爆を阻止するために単身で大艦隊に挑む架空の戦い、
という話は向いていないんじゃないかということです。
”戦争の悲惨さ”は”敵を叩きのめす快感”と、”特攻の非人道さ”は”自己犠牲の美しさ”と、
それぞれ表裏一体の同じものであるあたり、人間てホンっトにたちが悪いと思うのですが、
ともかく、このどちらの面を映画で描くつもりなのかによって、物語は慎重に選ぶべきだと思うのです。
これは映画の場合ね。小説になるといろんなテーマのベクトルの多重化が比較的容易に出来るので、
うまくいくと逆にそれが深みになってよいものになっちゃったりする気がします。


まあなんにしても、おうちにそうとう上質なホームシアターでもない限り、あのスカイウォーカーサウンド製の
船体を揺るがす重圧な爆雷音は再現できないわけで、やはり映画をちゃんと楽しむためには劇場で鑑賞すべし、ということで。
デジタルドルビーのないような劇場は意味ナイですけど。

2005年3月8日 22:39:24
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